2015年06月 豊国神社/方広寺など

京都駅です。

 

 

 

三条大橋を渡って繁華街を歩きました。

 

寺町の商店街。

 

ラウンドワンも行ってみた。

 

昔より海外の人が多いと思いました。

 

アンティークショップに江戸時代の本が有りました。

 

 

 

鴨川から三条大橋を眺めました。

 

 

 

丸太町まで歩いて、いつものカレー屋。

 

カレー食べて、店内の洋楽バラード聴いてたら、一区切りついたと感じました。

 

 

 

山県有朋の別荘の無鄰菴に行きました。

 

この辺りは明治28年の第4回内国勧業博覧会関係の写真資料がよく残っている地域です。

 

 

 

そこから近くの南禅寺へ行きました。これは三門です。

 

 

 

三門へ上がった眺めです。

 

 

 

少し南下して祇園です。

 

 

 

次に、豊国神社に着きました。三十三間堂の近くです。

 

豊臣秀吉の神社で直筆の書状がありました。

 

内容は、菊亭晴季(京都の公家)宛で、小田原攻めが終わったので北条兄弟の首を送る、という怖い内容でした。

 

豊臣秀頼の書状もありました。

 

 

 

隣の方広寺です。

 

大阪の陣(徳川家康と豊臣秀頼の戦い)が勃発するきっかけとなった鐘です。

 

 

 

天井もきれい。

 

 

 

拡大したところ。

 

wikipadiaによると、

 

「国家安康」「君臣豊楽」の句が徳川家康の家と康を分断し豊臣を君主とし、家康及び徳川家を冒?するものと看做され、大坂の役による豊臣家滅亡を招いたとされる。」

 

ということで大阪城を包囲された。

 

外国の家族の方がこの鐘を見ていたのですが、この鐘は歴史背景を知っているのと知らないのとでは印象や凄みが全然違うので、できれば英語の案内も有ってもよいのかなと思いました。

 

歴史上の重要な戦争の(表面的な)原因となったという点では、国宝くらいの価値があると思うのに、いつでも簡単に見ることができますもんね。

 

 

 

こちらは1870年(明治3年)ごろです。

 

鐘を地面に置いていた時代もあったんですね。

 

 

 

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